はじめに:「安く買って高く売る」という常識を疑え
多くの個人投資家は、こう信じています。
「投資とは、株価が底値まで落ちたところを拾い、反発を待つことだ」
しかし、伝説の投資家ウィリアム・J・オニールは、この常識を真っ向から否定します。
「私の投資法は『高く買って、さらに高く売る』ことだ」
一見、逆説的に聞こえるこの言葉こそが、オニール流投資術の核心です。彼が創設した投資情報サービス「IBD(Investors Business Daily)」は、データに基づく成長株投資の聖典として、半世紀以上にわたり世界中の投資家に支持されてきました。
オニールの哲学は、ピーター・リンチの「日常からお宝を探す柔らかい投資術」とは対照的です。リンチが「ショッピングモールを歩け」と説いたのに対し、オニールは「データを読め、チャートを見ろ、そして規律を守れ」と説きます。
軍隊のような規律、科学的なデータ分析、そして冷徹なまでの損切りルール。それが、オニール流「成長株投資」の本質なのです。
この記事では、オニール流投資術の真髄を、できるだけわかりやすく、しかし妥協なく解説していきます。

第0章:なぜ「市場の方向性(M)」がすべてに優先するのか

オニールの投資法を語る前に、まず理解すべき絶対的な原則があります。
それは「市場の方向性(M: Market Direction)」です。
相場が死んでいれば、優良株も死ぬ
オニール自身が繰り返し強調したのは、こういった冷徹な事実です。
「どんなに優れた銘柄を選んでも、全体相場が下落トレンドにあれば、4銘柄中3銘柄は下落する」
つまり、個別銘柄の分析(CANSLIM)をどれほど完璧に行っても、市場全体が弱気相場にあれば、その努力は水泡に帰すのです。
市場の方向性を見極める「フォローアップ・デー」
オニールは、市場の転換点を見極めるために「フォローアップ・デー(FTD)」という概念を重視しました。
強気相場への転換サイン
- 主要指数(日経平均、TOPIX、米国ならS&P500)が大きく下落した後、大商い(出来高増加)を伴って急反発する日が現れる
- その後、3〜10日以内に再び大商いを伴う上昇日が続く
- これが「フォローアップ・デー」であり、機関投資家が戻ってきた証拠
弱気相場への転換サイン(ディストリビューション・デー)
- 主要指数が高値圏で、大商いを伴って下落する日が増え始める
- 25日以内に4〜5回のディストリビューション・デーが発生すれば、弱気相場入りの警告
オニール流の冷徹な規律
相場が悪い時は、CANSLIMを満たしていても絶対に買わない
これがオニール流の鉄則です。どれほど魅力的な銘柄を発見しても、市場全体が下落トレンドにあれば、ポートフォリオの大半を現金化し、嵐が過ぎ去るのを待つ。この「待つ力」こそが、オニール流投資家の最大の武器なのです。
市場の方向性を最優先する。これを理解した上で、初めて個別銘柄の選別(CANSLIM)に進むことができます。
第1章:「高く買って、さらに高く売る」という逆説の真実
なぜ「底値拾い」は危険なのか
多くの個人投資家が陥る罠があります。
「株価が大きく下がった。今が買い時だ!」
しかし、株価が下がっているということは、何か悪いことが起きている証拠です。業績悪化、市場環境の変化、経営陣の問題。理由はさまざまですが、下落には必ず理由があります。
「底値で拾えば大きく儲かる」という発想は、ギャンブルに近い危険な賭けなのです。
オニールの発見:勝者は「高値更新」から生まれる
オニールは、過去40年間の大化け株(株価が数倍〜数十倍になった銘柄)を徹底的に分析しました。その結果、驚くべき共通点が浮かび上がりました。
大化け株の多くは、ブレイクアウト(高値更新)の瞬間から急騰を始めていた
つまり、「新高値を更新した瞬間」こそが、最大の買いチャンスだったのです。
なぜ「高値更新」が強力なのか
株価が過去の最高値を更新するということは、その株を保有しているすべての投資家が含み益を抱えている状態です。つまり、売り圧力(損切りしたい人)が存在しない「真空状態」が生まれます。
この状態で、新たな買い手(機関投資家)が参入すれば、株価は一気に駆け上がるのです。
第2章:CANSLIM―7つの黄金律で成長株を見極める
オニールが開発した銘柄選別法「CANSLIM」は、過去の大化け株に共通する7つの特徴を体系化したものです。
C:Current Quarterly Earnings(当期四半期利益)
最低基準:前年同期比+25%以上の増益
ただし、ここに重要な「罠」があります。
コスト削減による見せかけの増益を排除せよ
利益が増えていても、売上高が伸びていなければ要注意です。リストラや経費削減で一時的に利益を押し上げただけの可能性があります。
真の成長企業は、売上高と利益が共に力強く伸びています。
A:Annual Earnings Increases(年間利益の増加)
過去3年間、毎年25%以上の増益を達成しているか
一時的な好調ではなく、持続的な成長力を見極めます。
さらに重要なのは、ROE(自己資本利益率)が17%以上であることです。これは、経営の効率性を示す指標であり、優れた経営陣の証です。
N:New Products, New Management, New Highs(新製品、新経営陣、新高値)
企業が大きく飛躍する「きっかけ」を探します。
新製品・新サービスの投入
iPhoneの発売時のアップル、クラウドサービスへの転換期のマイクロソフトなど、革新的な製品・サービスが株価を何倍にも押し上げます。
新経営陣の就任
優れたリーダーの登場は、企業文化を一変させます。
新高値の更新
過去52週の最高値を更新した瞬間が、最大の買いシグナルです。

S:Supply and Demand(需給)
発行済株式数が少なく、出来高が急増している銘柄を狙え
時価総額が小さい企業ほど、大きな資金流入があった際に株価が急騰しやすくなります。
理想は、時価総額が1,000億円未満の成長企業です。
L:Leader or Laggard(リーダーか落ちこぼれか)
業界トップ企業、あるいは新興の破壊者(ディスラプター)を選べ
「第2の○○」や「安いから」という理由で弱い銘柄を買ってはいけません。
オニールは「RS(相対力指数)」という独自指標を開発しました。これは、その銘柄が市場全体と比べてどれだけ強いかを数値化したものです。
RS 80以上の銘柄だけを買え
つまり、市場の上位20%に入る強い銘柄だけを選別するのです。
I:Institutional Sponsorship(機関投資家の保有)
優良な機関投資家が保有し始めているか
ただし、注意が必要です。
機関投資家の保有率が高すぎる銘柄は避けろ
保有率が高すぎると、彼らが売り始めた時に暴落のリスクが高まります。理想は、「優良ファンドが最近買い始めた」という初期段階の銘柄です。

M:Market Direction(市場の方向性)
相場全体が上昇トレンドにあるか
前述の通り、これが最も重要です。
日経平均、TOPIX、米国ならS&P500やナスダック総合指数が明確な上昇トレンドにあることを確認してから投資を開始します。
相場が悪い時は、CANSLIMを満たしていても買わない
これがオニール流の絶対原則です。
第3章:チャートパターンで「買い時」を科学的に捉える

なぜチャートが重要なのか
チャートは、企業の「人気投票の結果」を映し出す鏡です。
オニールは、過去の大化け株のチャートを徹底的に分析し、共通するパターンを発見しました。その代表が「カップ・ウィズ・ハンドル」です。
カップ・ウィズ・ハンドル:最強の買いパターン
このパターンは、次の3つの段階で形成されます。
1. 上昇後の調整(カップの左側)
株価が一度大きく上昇した後、30〜40%程度調整します。
2. 底値圏での揉み合い(カップの底)
ここで弱い投資家が売り抜け、強い投資家(機関投資家)が買い集めます。
3. 再上昇と小さな調整(ハンドル部分)
再び上昇を始めた後、小さな調整(10〜15%程度)が入ります。これが「ハンドル」です。
なぜこの形が強いのか?
カップの底からの上昇で「やれやれ売り(高値で買った人の損切り)」が消化されます。さらにハンドル部分で、最後の弱気筋が振り落とされます。
こうして売り圧力が完全に消化された状態で、ハンドルの高値を突破した瞬間、株価は一気に噴き上がるのです。
チャートは、戦っている人間たちの心理の集積である
この視点を持てば、パターンの背後にある「なぜ」が見えてきます。
ブレイクアウトの瞬間:出来高に注目せよ

ハンドルの高値を突破する瞬間、出来高が平均の40〜50%以上増加していることを確認します。
これは、機関投資家が本格的に買い始めた証拠です。
日本株の実践ツール
- 「株探」の成長株タブやチャート機能を活用
- 「TradingView」で詳細なチャート分析
- 「マネックス証券」のスクリーニング機能で条件抽出
第4章:損切りと利益確定―冷徹な規律が命運を分ける

8%ルール:損切りの絶対原則
オニール流投資術で最も重要なのが、この損切りルールです。
買値から8%下落したら、理由を問わず即座に売却せよ
「いつか戻るだろう」という希望的観測は、破滅への第一歩です。
なぜ8%なのか
オニールの分析によれば、8%の損失であれば、次の投資で9%のリターンを得れば取り戻せます。しかし、50%の損失を被れば、元に戻すためには100%のリターンが必要になります。
小さな損失で済ませることが、長期的な勝利につながる
利益確定の戦略:勝っている時こそ攻める
オニールは、株価が上昇している時の「買い増し(ピラミッディング)」を推奨しています。
ピラミッディングの原則
- 最初の買いで20%上昇したら、さらに買い増す
- ただし、買い増しは2〜3回まで
- 常に最初の買いより少ない株数で買い増す(逆ピラミッドは禁物)
これは、リンチ流の「長く持つ」とは真逆の発想です。
オニール流は「資金効率を最大化する攻めの姿勢」を重視します
株価が20〜25%上昇したら、一部を利益確定し、他の有望株に振り向ける。こうして資金を常に「最も強い銘柄」に集中させるのです。

売却の4つのサイン
- 業績の鈍化:四半期利益の伸びが鈍化
- 出来高を伴う急落:機関投資家が売り始めた証拠
- RS(相対力指数)の低下:市場平均を下回り始めた
- 20〜25%の上昇達成:短期目標達成、一部利益確定
第5章:現代日本市場でオニール流を実践する

日本株でCANSLIMを満たす銘柄を探す
具体的なスクリーニング手順
- 株探の「成長株」タブで増益率の高い銘柄をリストアップ
- 時価総額1,000億円未満に絞り込み
- 四半期利益が前年同期比+25%以上を確認
- 売上高も同時に伸びているかをチェック(見せかけの増益を排除)
- チャートでカップ・ウィズ・ハンドルを探す
過去の日本株での成功例
レーザーテック(2000年代後半〜)
半導体検査装置という高度な技術で市場を独占。株価は10年で数十倍に上昇。
ワークマン(2017〜2020年頃)
作業服からアウトドア市場への転換。CANSLIMの条件を満たし、株価は数倍に。
最近の急成長ハイテク株
AI関連銘柄など、新技術をベースにした企業が次々と新高値を更新しています。
重要なのは、「後追いの分析」ではなく、「これから来る銘柄」をリアルタイムで発見することです。
第6章:オニール流とリンチ流―どちらを選ぶべきか

2つの投資哲学の違い
ピーター・リンチ流
- 日常からヒントを得る
- 長期保有を前提
- 柔らかく、直感的
ウィリアム・J・オニール流
- データとチャートで判断
- 短中期で資金効率を最大化
- 硬派で、規律重視
併用という選択肢
実は、両者を組み合わせることも可能です。
リンチ流で銘柄を発見し、オニール流で売買タイミングを判断する
例えば、ショッピングモールで見つけた有望企業を、CANSLIMでスクリーニングし、カップ・ウィズ・ハンドルのブレイクアウトで買う。そして8%ルールで損切りを徹底する。
このハイブリッド戦略が、個人投資家にとって最も実践的かもしれません。
おわりに:規律こそが、投資家を守る最後の砦
オニール流投資術の本質は、「感情を排除し、データと規律に従う」という一点に集約されます。
多くの個人投資家が失敗するのは、銘柄選びが悪いからではありません。損切りができず、利益確定が早すぎるからです。
「8%下落したら売る」
「相場が悪い時は買わない」
「高値更新のブレイクアウトで買う」
これらのルールは、感情的には受け入れがたいものです。しかし、この規律を守れるかどうかが、勝者と敗者を分けるのです。
オニールは言いました。
「市場はあなたの意見など聞いていない。市場が正しく、あなたが間違っている」
謙虚に市場に従い、冷徹に規律を守る。その先にこそ、真の成功が待っています。
あなたの投資が、データに裏打ちされた確信と、軍隊のような規律によって守られることを、心より願っています。
【付録】オニール流・実践チェックリスト

銘柄選別(CANSLIM)
- C: 四半期利益が前年同期比+25%以上(売上高も同時に確認)
- A: 過去3年間、毎年+25%以上の増益
- N: 新製品・新サービス・新経営陣のいずれかがあるか
- S: 時価総額1,000億円未満、出来高急増
- L: RS(相対力指数)80以上
- I: 優良機関投資家が最近買い始めた
- M: 市場全体が上昇トレンドか(最重要)
買いタイミング
- カップ・ウィズ・ハンドルのパターンが完成
- ハンドル高値のブレイクアウト
- 出来高が平均の+40〜50%以上
売却ルール
- 買値から-8%下落で即座に損切り
- +20〜25%上昇で一部利益確定
- 業績鈍化、RS低下で全株売却
この3つのチェックリストを確認してみてください。あなたのルールを守ることこそが、勝利へと導きます。



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